花と音楽のある暮らし

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2026年10月22日木曜日

26.10.15シルバー3人衆能登能登島・金沢の旅の帰路

能登島の一番古い民宿に泊まり、島内のおもだった施設を巡り、被災と復興を考える機会となった能登島。

加賀百万石という言葉に代表される裕福な金沢市。
戦災にも見舞われることなく江戸時代から残る武家屋敷跡やひがし茶屋街の、極めて日本的な美しい街並み。
兼六園や金沢城址。

わずか二泊の短い観光旅行とはいえ、心にしみる、そして3人の友情を深める旅。

近江市場を後にして、結局もと来た東海北陸自動車道を選んだのは、多少近道かなと思うのと同時に、白川郷に寄れるかもしれないという期待感があったから。


世界文化遺産、荻町合掌造り集落に到着!と思ったら、駐車場は満杯。ずっと遠くへ行くよう指示される。
こんなに遠くまで来て歩いてたどり着けるのだろうかと心配になったが、カーブを曲がるとまた近づいていく感じ。
集落の反対側近くの駐車場に来た。
駐車料金2,000円は驚いたが、文化遺産を守るには相当な費用が必要なのだろう。





かやぶき屋根の集落内はもちろん禁煙。ヘビースモーカー用に駐車場の出口に設置してある喫煙場所に立ち寄るという二人を置いて先に歩き始める。




折に触れて紹介される白川郷のTVを見ても、かやぶき屋根の家屋は6~7棟くらいが集まっているのかと思っていたが、貰った案内図を見ると60棟以上の建物がある。





みだじま公園臨時駐車場から坂を上って本通りを歩いていくとかやぶき屋根の民宿がある。





ちょうど秋祭りのようで幟旗や国旗が飾られ、イベントを待つ神社の広場に大勢人が集まっている。
そのせいで人が多いのか、食事や喫茶の建物の前では海外からのお客さんも座り込んでアイスを食べたりしてたむろしている。お土産物屋も混雑している。











あらためてMAPを見てみるとかやぶき屋根の建物は「旅館・ホテル」、「民宿・ゲストハウス」、「食事・喫茶等」、「土産品店」などに分類され、多くがそういった商売屋さんになっているようだ。
それ以外には有料で見学できる「和田家」や「明善寺」などの重要文化財がある。





一人で歩き回ったのであまり待たせてはいけないと思い急ぎ足で駐車場へ戻ったが、庄川に架かる「であい橋」を渡ると「県重文9棟ー野外博物館合掌造り民家」という場所がる。これがよくポスターやTVで放水していたり雪をかぶって静まり返っていたりする集落のモデルともいえる場所に違いない。

雪景色の集落も見ごたえ十分とは思うが、そんな時期にここに訪れることはまず難しい。
今年の冬、TVで放映されるのを観ながら懐かしく思いを馳せよう。

旅の最後の締めくくりは思わぬ拾い物。
これこそ旅の醍醐味というもの。
来年はどこへ行けるかな?
恒例の飲み会で、どこかいいところを見つけよう。



2026年10月20日火曜日

26.10.15シルバー3人衆能登島・金沢の旅-3日目

今日の観光目的地はひがし茶屋街と近江町いちば。
見当をつけてパーキングに停めると、運よくひがし茶屋街の入り口だった。



九谷焼のお店





「ひがし茶屋休憩所」という看板を見つけたので立寄って、無料のボランティア案内人をお願いした。




ボランティアガイド「まいどさん」が細い格子の説明をしてくれている。外から中はうかがい知れないが、中から明るい外は見えるという今でいうマジックミラーのような役割を果たしている。



広場の中に埋めてある金属板は「眺望点」というもので、金沢市が指定する眺めを享受する15の地点のうち「通りの眺め」としてひがし茶屋街の2か所が指定されているということでこれがそのうちの一つ。




これが眺望点の示していた方角の景色。
柳のある広場の向こうに2階建ての茶屋が立ち並び、山のふもとまでつながっている。


ひがし茶屋街の案内図



国指定重要文化財の「志摩」を外から眺めたり、


金箔を売り物にしているお店に入ったら、美しい小物や装飾品ばかりでなく、


奥の蔵の外壁にも金箔が施されているが、ここにはボランティアガイドさんも恐れ多くて近寄れないそうだ。



屋根の上から頭を出している松は、ガイドさんの持っているマニュアルに家の中を突き抜けている様子が描かれている。
もう少し離れてみると屋根よりも相当高い位置まで枝を伸ばしているのが見える。



こちらは軒先に吊るされているトウモロコシの縁起飾り。

ガイドさんが<ダジャレだけど>と前置きして説明してくれたところによると、「門守り」と呼ばれ、ふさふさとした毛が(「もう」とも読み「け」とも読む)ことから商売の「儲け」につながるという意味があるそうだ。
建物の風情によく似合うおしゃれな飾りになっている。




芸妓さんたちが立寄り手を合わせていくようなお寺やけいこ場となっている建物などもある。


ひがし茶屋街の建物が2階建てになっているのは、「お殿様や武士を見下ろしてはならない」という江戸時代の武家社会のルールがあるなかで、茶屋街は塀で囲まれた特別な区画(廓)として許可された場所だったからだとか。

自分たちだけではただ通り過ぎてしまうに違いないが、興味深く散策できたのは観光案内ボランティアの「まいどさん」のおかげ。
お礼を言ってここでお別れ。



一方浅瀬川をはさんだ反対側の主計町茶屋街(かずえまち)は明治時代に建てられた3階建ての建物もあり、すれ違いができないほどの細い路地がお城に向かって幾筋も通っている。

主税町は名古屋では「ちからまち」と読み、ここでは「かずえまち」と読むが、これはどちらも人の名前からきているようで、税務署とは関係ないらしい。






宿泊施設もあり、Kさんは何年か前に利用したことがあるとここで明かした!



近江町市場で物色。



観光客も近所の主婦も混然一体となってすごい人混み。



肉、野菜、魚とこれだけ大量の食材が本当に全部買われていくのだろうかと心配になるほど。
特に目に付くのは「のどぐろ」このあたりの一押しらしい。しかし値段も高級魚。
ちゃんと料理の仕方や味が分かった者でなければなかなかお土産に持って帰るわけにはいかない。


金沢の旅はこれまで。
あとはどのルートで帰路につこうか。



2026年10月18日日曜日

26.10.14シルバー3人組能登島・金沢旅行-2日目



能登島荘の女将さんに記念写真をお願いしたあと出発する。


無料の自動車道「のと里山海道」を通って、羽咋市の千里浜なぎさドライブウェイに到着。




千鳥が波と戯れる横をゆっくりと車を走らせてみた。



金沢に着くまでにすでに雨は強くなったり弱くなったり。天気予報も12時まで雨マークだったり14時までに伸びたりしてあまりあてにならない。





武家屋敷跡のパーキングに停めて、まずは長町武家屋敷休憩所で下調べ。
スタッフの女性が丁寧に説明してくれる。
いくつも覚えていられないかもしれないが、パンフレットももらったから3人の知恵を合わせれば何とかなるだろう。





ポスターにもなっている土塀に囲まれた小径の上で写真を撮る。
ポスターには美女が風情豊かに映っていたが、男性二人は絵にならない。景観は風情があるのだけど。






お堀の周りは近代的なビルが立ち並ぶ。




看板の一番上「界隈」の正統的な使い方



戦禍を受けずに残された武家屋敷の街並み。
多くはお店となって保存されていく。
観光客は日本人よりも外国人、それも西洋人が圧倒的に多くみかけられた。


雨の中、21世紀美術館へ。


ガラス張りの外周を歩いて、展示コーナーは素通り。
兼六園へと急ぐ。





作業員がクレーンを使って松の手入れをしている。
ほかにも草を引いたり落ち葉を片づけたり大勢の人が作業中、広大な庭が保全されている。







西南戦争で戦死した郷土の軍人の例を慰める記念碑で、中央に日本武尊が据えられている。
「日本で最初に建てられた銅像」と記されていた。


この頃にはもう腹ペコで足取りもすっかり遅くなり、広大な兼六園をすべて見尽くすのは諦め、金沢城への近道を下る。



横断歩道を渡れば金沢城。



石には藩のマークなどが刻まれている


現在は二の丸の工事中のようでグレーの幕で覆われている。



帰りがけに振り返ってみると石垣が何層にも段組みされているのが見えた。





金沢駅近くのホテルにチェックインし、夜はホテルで教えてもらった居酒屋のうち鳥串の天天へ。





食べて飲んで、あとはホテルの小さな浴槽で垢を落として寝るだけ。
明日は秋晴れの予報。